国道298号線

 路上を誰かが駆け抜けて、そして消えた、十字路の真ん中で、次はそこに僕が立っている、夜の十二時。点滅を不安なリズムで繰り返す街灯の白い光の下に無数の銀の糸が垂れたり上ったり翻ったりしてる。僕の横をまた誰かが走って、南へ、突き抜け、また消える。雨は止まなかったけど、もうそろそろ終末に向かっていて、嵐のように風がびょうびょうと東京から黒い海へ吹いて来るんだ。犬が鳴くような、鵺が死ぬような、僕が呼吸をするような、風が、僕の横を駆けて行く聲、びょうびょう。
 僕らが出産され、生きてきたのは東京から伸びる鄙びた海浜地区の工業地帯で、どよめくトラックは已まないヘッドライト、真夜中でも目を焼くようなハロゲン、こうこうと、橙色に光っているから、頭上の雲に投影されて、雲の稜線を遥かに読み取れるくらいに薄く色付いてしまっている、けど、海にはなにもないなにもないなにもないから真っ黒なんです。あの黒さは夜の血の色か、はたまた、僕の内臓の色香?入水した怨念の影?いいえ、あの空の下には、黒があるのではないんです!ただ!光が無いんだ!
 沖と空の境界線をも塗り潰した夜の神様のにやにやした冷笑を想像して、ぞくり、僕はぽつねんと僕に至った。
「僕は僕だ。("I WASME.")」

 「悪けんが」ってあの人がもう終わらせた気な顔で見てたのを思い出す。寄り添えないのは僕のほうか、正しいのはあの人のほうか?自問自答で青褪める体たらく、六畳間の畳の目、僕が着ていたビロオド色の袖、荒れ気味の厚い唇から滲むように嘔吐された訛の強い科白、いつもは、恐れるくらいのぎらぎらの眼が、その日に限って濁っていたのは今日と同じようなけぶる雨が降ってたからだろうか。猛獣みたいな、ピストルみたいな、短く硬い髪を、震わせていた?僕は気付いていたんだ、ただ何となく、訛った科白を頭の中で繰り返していたんだよ、悪けんが・悪けんが・悪けんが、あの人を責めたんだ、僕が殺したも同然さ。
 あの日の雨がもし止んでいたら!その眼光に焼かれて僕はまた無言を突き通してしまっていたのかな?僕の、許されようとした虹彩に、あの人が何回目かも解らん恩赦を、またしても繰り返してしまっただろうか。最早、そんなこと、解るはずも無く、僕の頬には、腕には、髪には、心臓には、細胞には、雨が、降るんです。びょうびょう。
 傘のない玄関から駆け抜けて、君は消えた!あんでんねぇ、言い残して、工業地帯の薄暗い、饐えた通りを飛び越えて、きっと、僕の足元に広がる十字路をも飛び越えて、298号線をも飛び越えて、あの黒い海とこの世界を分ける堤防をも飛び越えて。

神様の冷笑、耳鳴り、傘が無いから僕はずぶ濡れだ。あの日の君に、どのぐらい近づけただろうか!