どうして言葉はうまく届かないんだろう?

 あの掌に突き飛ばされて砕けた弱い身体を拾い集めて、遺っていた傷口を埋める君の一呼吸に涙した。失意、絶望、怒りは夙に風化して、今は最早無関心と言う言葉が似合う。愛の反対語は、と、その問答はもう止めにしよう。唯一にして絶対の答えは「もう何も関係ない」というロジックの上。あの夏が造り上げた思い出の幾つか、関連する全ての事象を知らない海に棄てて、あの人を脳内から綺麗に追放する僕の行為、メランコリック。生き延びる為には仕方のないことだからとか、言い訳を垂れる割に涙の一つも浮かばない、この感情は一体誰のせいなんだろうか、いや、だれでもない、もう忘れた事なのだから。
 癒えていく傷、残る痕、あの街の灯が点るのももうこんなに早くなったんだなあ。繰り返している出会いと別れのタイミングが偶然の一致だと示して欲しい。もうお前にもあの人にも何の未練もないんだ。幸せであること、そしてそうではないことが僕の頭上をぐるぐると泳いでいるだけで、僕の骨にも血にもなりやしないのに。放棄した光、中央線の車窓から遠退いていく愛した街を見ていた僕の両の眼球に、なんだか雨が降り止まない。明日に死ぬ、明日を生きる、明日と待つ君の、影法師だけが愛しくなってしまいそうで妄言だとへらへらと噛み尽くした下唇が少し熱い。
 君だけが全て欲しい。ねがってもとどかない。