千代田区ストレンジャー

 夜、とりわけ深夜のこの街を歩き回るのが好きだ。大通りを避け、薄曇りの細切れになった空をぼんやり見ては、ガス切れ間近の100円ライターと二、三度格闘してふらふらと歩き出す。「そういえば千代田区は路上喫煙禁止だったな。」へっと背徳を含んだ口角を引き上げた。斑に濡れた日テレ通りを超えて、三番町の打ち棄てられたような階段を降ると枝垂れた小さな葉から昼前の雨の名残が滴って僕を汚した。来月で100周年を迎える女子大を通り抜けて内堀通りにぶつかる。横断歩道で擦れ違う男と眼が合う。ふと笑う。堪らない気持ちになる。千代田トンネルの車の往来をなんとなく見下ろして意味のない感傷を抉る。千鳥が淵公園を南下、小さな藪椿の下で東京タワーと半蔵門を眺めては善からぬ自問自答を繰り返して、辞めた。もう少し行けば霞が関はすぐだろう、国立劇場の脇を鈍重な鉈のような身体で滑り込むと程なくして平河町に辿り着く。ジグザグに街を歩こう、遠吠えを行おう、こんな街にも金木犀は香るのだ。