乞い患い

 繋ぎそびれた手はあてのない旅に出る前にポケットにしまって、聞いていなかった話の続きを頭の中で作って笑う。どうしたの?なんて言われる前に糸口を爪で引っ掻いて剥いだ。患っている。百も承知です。やはり曇天の葛西には飼い馴らされた魚が無言の影を落とし、観覧車は音を立てて廻っている。穏やかに肌寒い夜は結晶化し始めていて、存続する僕の受話器、対岸の既視感、臨んだ海に浮かぶ煌めいたままの工業地帯。
 そう言ってやってくるしばらくの沈黙は僕の脳内や春の海の空気を掻き混ぜるには充分で、愚かな乞いの魔物がちらつかせるナイフとフォーク、記憶する器官を持たないくらげになって昨日もすっかり忘れてしまえるなら、大洋に抱く不安な気持ちもなかっただろうに、笑えるぜ。大層貪婪なうつぼに君が満ちて止みません、猶予う牙の配列に君がかかってしまったとしたら、その罠のいずれかを壓し折ってしまえばいい。繋げなかった掌に淫らにも汗が滲んで、感情線を汚します。無色透明なアクリルの向こう側、豊かな潮に溺れながらも渇いた体がひりひり、する。